東京高等裁判所 平成12年(行ケ)50号 判決 2000年9月26日
原告
A
訴訟代理人弁理士
B
同
C
被告
特許庁長官D
指定代理人
E
同
F
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1請求
特許庁が平成10年審判第8979号事件について平成12年1月7日にした審決を取り消す。
第2前提となる事実(争いのない事実)
1 特許庁における手続の経緯
原告は、平成8年5月17日、別紙審決書添付の別紙の本願商標に示すとおり「八雲」の文字を縦書してなる商標(以下「本願商標」という。)について、指定商品を旧第30類の「菓子及びパン」として商標登録出願(平成8年商標登録願第53380号)をしたが、平成10年5月8日に拒絶査定を受けたので、同年6月8日、拒絶査定不服の審判を請求し、同年7月3日付け手続補正書によって指定商品を「菓子及びパン(羊羹を除く。)」と減縮補正した。
特許庁は、同請求を平成10年審判第8979号事件として審理した結果、平成12年1月7日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同月19日に原告に送達された。
2 審決の理由
別紙審決書の理由の写しのとおり(ただし、2頁5行の「平成7年5月22日」は「平成8年5月17日」、3頁25行から26行の「横書き」は「縦書き」の誤記である。)、添付別紙の引用商標に示すとおり「出雲銘菓」と「八雲小倉」の文字を二列に縦書きしてなり、指定商品を旧商標法施行規則(大正10年農商務省令第36号)第15条の規定による商品類別の第43類「小倉羹」とする昭和12年4月7日商標登録出願に係る商標(昭和13年2月4日設定登録、昭和32年5月31日、昭和53年8月2日、昭和63年2月26日及び平成10年1月6日各存続期間更新登録、登録第298415号。以下「引用商標」という。)は、その構成中の「出雲銘菓」の文字部分が、「出雲地方の有名な菓子」を意味する商品の品質ないし生産地を表す語と認められ、また、「小倉」の文字部分が、取引者、需要者をして、指定商品の「小倉羹」を表したものと理解、認識されるため、引用商標に接する取引者、需要者は、引用商標の構成中の「八雲」の文字部分に着目し、これより生じる称呼、観念をもって取引に当たる場合も少なくないといわざるを得ず、これより「ヤクモ」の称呼及び「幾重にも重なっている雲」の観念を生ずるものと認められるとして、本願商標と引用商標は、同じ称呼及び観念を生ずるものであるから、全体として類似のものと判断することができる、そして、本願商標の指定商品は「菓子及びパン(羊羹を除く。)」と減縮補正されたものではあるが、いまだ引用商標の指定商品と類似する商品を含むとして、本願商標は、商標法4条1項11号に該当すると認定、判断した。
第3原告主張の審決取消事由の要点
引用商標の構成中の「出雲銘菓」の文字部分が「出雲地方の有名な菓子」を意味する商品の品質ないし生産地を表す語と認められることは争いなく、原告も、本件商標と引用商標との類否を考察するに当たって、本願商標である「八雲」と引用商標の構成中の「八雲小倉」とを比較対照すべきものと考える。
しかしながら、審決は、「八雲小倉」の構成中の「小倉」の文字部分について、「小豆の意味合いを有し」との誤った認定をした上で、その指定商品の取引者、需要者をして指定商品の「小倉羹」を表したものと認識される、との誤った認定をしたために、引用商標と本願商標との類否判断を誤ったものであり、違法であるから、取り消されるべきである。
1 「小倉」の文字部分に関する認定について
(1) 審決は、「小倉」の文字部分について、「小豆の意味合いを有し」という誤った認定をしている。
すなわち、審決が引用する「広辞苑(第5版)」(株式会社岩波書店、1998年11月11日発行、甲第8号証)には、「おぐら(小倉)」の語の意味として、「②『おぐらあん』『おぐらじるこ』の略」との記載はあるが、「『おぐらかん』の略」との記載はないし、また、「-あん(小倉餡)」として、「小豆の練餡に大納言・赤小豆または隠元豆の蜜煮を粒のまままぜた餡。おぐら。」と記載されており、審決の「『小倉』の文字部分は、小豆の意味合いを有し」という記載とは異なる正確な記載がされている。
(2) また、「小倉」の漢字は、上記「広辞苑」(甲第8号証)でも明らかな通り、種々の意味合いが生ずる言葉であり、例えば、「小倉」として、①姓氏の一つ、②福岡県北東部の行政区画名、略称としての「小倉」として、①京都市左京区の小倉山付近一帯の古称、②「おぐらあん」「おぐらじるこ」の略、「小倉織」として、経糸を密にし、緯糸を太くして博多織のように織った綿織物、「小倉裁ち」として、小倉織で仕立てたもの、「小倉服地」として、綿織物の一つ、「小倉アイス」として、小豆の粒餡をまぜたアイスクリーム、「小倉餡」として、小豆の練餡に大納言・赤小豆まは隠元豆の蜜煮を粒のまままぜた餡、「小倉羹」として、赤小豆または隠元豆などの蜜煮を粒のまままぜた練羊羹、「小倉山荘」として、京都小倉山麓にあった藤原定家の山荘、「小倉色紙」として、藤原定家が小倉百人一首を書いたと考えられる色紙、「小倉汁粉」として、小倉餡を用いた汁粉、「小倉付」として、小倉百人一首の歌の五文字に続けて一句を作る冠付、「小倉百人一首」として、藤原定家撰の歌集、「小倉山」として、京都市左京区嵯峨西部にある山、をそれぞれ意味するなど、「小倉」ないし「小倉」を冠した語は多数に及んでおり、その省略の可能性をも考慮すると、「小倉」の語は、極めて多岐に亘る意味合いが生じる語である。
確かに、引用商標における指定商品の分野との関連を考慮するとしても、「小倉」との文字から、直ちにその意味合いを特定して、それが省略され、略称されることを考慮しなければならない程のものではなく、よほど「語呂」(音調・音長)等の関係から、不自然な結合と認められる場合にのみ省略されることが考慮されるものであり、また、「小倉」は「小倉羹」の略称として一般に認識されてはいない。
(3) 被告は、「小倉は小豆の意味合いを有する」とした審決の認定には何ら誤りはない旨主張し、各種の辞書における記載を引用しているが、被告指摘の記載が存在するとしても、「小倉」の語について、「小豆のこと」を意味するというような直接的な記載は何ら見当たらないのであるから、「小倉は小豆の意味合いを有する」とした審決の解釈は依然証明されていない。
また、被告は本件訴訟において、新たに乙第3号証を提出し、「小倉」が一般に「小倉羹」の略称として通用している旨の主張をしているが、原告は、甲第18号証を提出し、この乙第3号証が極めて特異な記載例であって、一般的ではないことを証明する。
甲第18号証の1は、現在、国会図書館において所蔵された辞書類(甲弟18号証の2ないし12)の主なものを一覧表にしたものであるが、この甲第18号証の1から理解することができるように、被告が指摘する記載として、唯一、乙第3号証が存在するものの、同じ「株式会社小学館」発行の「国語大辞典」でさえ被告が指摘する記載はなく、その他の辞書にはこれに合致する記載は存在しない。
そして、乙第3号証の発行年月日(昭和51年5月1日)から考慮しても、被告がこのような20年以上も前に発行された辞書を常時参考資料としているとは考え難く、被告は極めて特異な記載例を発見し、提出したものと考えられ、これが現在の取引者、需要者の常識に合致するものとは考えられない。
(4) 現在、指定商品「菓子」関係で登録されている「小倉」関連の文字を含む登録商標(甲第17号証)を一覧してみると、それぞれ「小倉」に関連する部分を、審決が指摘するように直ちに分断して考慮しなければならないような実情は見当たらず、上記のとおり、辞書に記載されている何れの「小倉」を称したものかも判然としないものも多い。
まして、「小倉」を語尾に有する、同様な商標登録の「菓子」の分野における商標の登録例において、甲第11号証及び第12号証の「花小倉」(登録第2147681号)と「花/せんべい」(登録第2483669号)、「錦小倉」(登録第2500265号)と「錦」(登録第463123号)とが、それぞれ非類似として併存登録されている例をみても、その判断の根底にある「小倉」に関する認識は共通するものであり、引用商標「八雲小倉」の「小倉」のみが省略されて称呼されなければならない必然性は見い出し得ない。
さらに、引用商標である「八雲小倉」と、「八雲」という商標(登録第445744号)とが併存登録されていたこと(甲第7号証中の本件審判甲第1号証)は、上記の各登録例に鑑みても、これが過誤登録であるとは考え難いところであり、上記の「八雲」商標(登録第445744号)が平成6年5月31日に失効したために、原告が、本願商標を自己の商標として登録出願するに際して、本願商標が引用商標を理由に拒絶されることはないと信ずることも自然であると思われるところであって、両者は、当然非類似の商標として扱われるべきものと考えられる。
2 「八雲小倉」なる菓子が「小倉羹」でないことについて
(1) 審決は、原告が本件審判において提出した「八雲小倉」なる菓子の写真(甲第7号証中の本件審判甲第6号証、製造者が引用商標の商標権者(甲第9号証)と一致している。)について、その説明文に、「『小倉羹』を誉めたたえる言葉を見出すことができ(る)」と記載されていることに基づいて、「『八雲小倉』の『小倉』文字部分は、取引者、需要者をして、指定商品の「小倉羹」を表したものと理解、認識されるものと認められる」という結論を導いている。
しかしながら、上記の「八雲小倉」なる菓子の写真は、上下にカステラ状の部分を有し、中間に餡状のものが挟まれていることが十分認識できる状態で掲載されており、このような形状の菓子は、和菓子製造製法全書(甲第10号証)で明らかなとおり、和菓子の分類では「平鍋類」に属し、「流しもの」の「羊羹類」に属する「小倉羹」(小倉羊羹)とは、明らかに相違する菓子である。このことは、上記の本件審判甲第6号証について、その「目次部分」を追加した甲第15号証において、「八雲小倉」なる菓子が「平鍋物」に属する和菓子として掲載されていることからも明らかであって、「八雲小倉」なる菓子は、「小倉羹」とは明らかに異なる商品でしかない。
したがって、上記の「八雲小倉」なる菓子に接する取引者、需要者が「小倉羹」ではない和菓子に対して、引用商標の指定商品である「小倉羹」であるという発想が生ずることはあり得ないのであって、審決は、明らかに先入観を交えて誤った判断を行ったものと考えざるを得ない。
(2) 被告は、「八雲小倉」の文字が使用される菓子の需要者は、商品の購入に当たり、当該菓子が「平鍋類」に属するものであるか「流しもの」に属するものであるかなどの専門的な菓子の分類に関する知識を必要とすることなく買い求めるのがこの種の商品の取引の実情である旨主張している。
しかしながら、「八雲小倉」の菓子の場合のように、地方の和菓子の老舗には、お茶会の菓子の注文や、和菓子に詳しい顧客も多く、「平鍋類」、「流しもの」等正確な呼び名は定かではないとしても、「羊羹類」に属する「小倉羹」と、カステラ風の生地が巻かれた和菓子との差異は明確に認識することができ、これを「小倉羹」と誤認し、さらに、一般的に略称されることの無い「小倉」と省略して理解することは、二重、三重にもあり得ないことである。
まして、前記のとおり、同じ菓子の分野で多様の「小倉」の意味合いを含む商標の登録例が存在して、現実に取引されている状況を考慮すると、いかに指定商品との関連とはいえ、引用商標の「小倉」部分を審決のように無理に観念付けて、かつ、その部分を省略して称呼する必然性は見当たらない。
3 結論
以上のとおり、「八雲小倉」の構成中の「小倉」の文字部分について、「小豆の意味合いを有し」との誤った認定をした上で、「『小倉』の文字部分は、取引者、需要者をして、指定商品の『小倉羹』を表したものと理解、認識されるものと認められる。」という誤った認定をして、引用商標に接する取引者、需要者は、引用商標の構成中の「八雲」の文字部分に着目し、これより生じる称呼、観念をもって取引きに当たる場合も少なくないとして、引用商標と本願商標を類似すると判断した審決には誤りがあり、取り消されるべきである。
第4被告の反論の要点
1 原告は、審決の「『小倉』の文字部分は、小豆の意味合いを有し」との認定が誤りである旨主張している。
しかし、「小倉(おぐら)」の語が、「小倉餡(おぐらあん)」の略であることは、甲第8号証より明らかであるところ、「丸善食品総合辞典」(丸善株式会社、平成10年3月25日発行、乙第1号証)の「粒あん(餡)」の項によれば、「小豆の粒あんのことを小倉あんともいう。」という記載が認められ、また、「日本国語大辞典 第一巻」(株式会社小学館、昭和51年5月1日第一版第二刷発行、乙第2号証)の「あずきアイス(小豆アイス)」の項によれば、同語は、「小倉アイス」と同義であることが認められ、甲第8号証(広辞苑)の「おぐら(小倉)アイス」の項に「小豆アイス」の記載も認められるのである。
以上によれば、「小倉」の語が直ちに「小豆」を意味する語でないとしても、小豆が小倉あんの原材料として使用されていることは周知の事実であり、また、「小豆の粒あん」を「小倉あん」と、また、「小倉アイス」を「小豆アイス」ともいうことを合わせ考えると、「小倉は小豆の意味合いを有する」とした審決の認定には、何ら誤りはないものである。
2 原告の主張は要するに、「小倉」は「小倉羹」の略称ではなく、また、引用商標中の「八雲小倉」は、「平鍋類」に属する和菓子に使用されているものであって、羊羹類に属する「小倉羹」には使用されていないとするものである。
しかしながら、「日本国語大辞典 第三巻」(株式会社小学館、昭和51年5月1日、第一版第二刷発行、乙第3号証)の「おぐら(小倉)」の項によれば、同語は「おぐらかん(小倉羹)の略」をも意味することが認められる。
また、確かに甲第15号証の目次部分によれば、「八雲小倉」なる菓子は、原告指摘のとおり、「平鍋類」に属することが認められるが、「八雲小倉」の文字が使用される菓子は、本願商標の指定商品と同様に、その需要者である老若男女を含めた一般の消費者が店頭において買い求める場合が極めて多いとみられるところ、これらの需要者は、その商品の購入に当たり、当該菓子が、例えば、「平鍋類」に属するものであるか、「流しもの」に属するものであるかなどの専門的な菓子の分類に関する知識を必要とすることなく買い求めているのが、この種の商品の取引の実情である。
上記の取引の実情に加えて、「八雲小倉」の説明書(甲第15号証)には、『「八雲立つ」とうたわれた出雲の雲の美しさを焼き肌に映した棹物菓子。カステラ風の生地を手すきの出雲和紙に流して一文字鍋で焼くと、あたかも雲のような焼き目ができる。出雲小豆をつややかに煮上げた小倉羹とたくみに調和している。』と記載されていることからすれば、「八雲小倉」の文字を使用した商品に接する需要者は、その「小倉」の文字部分を「小倉羹」を表したと理解することが多いというべきであるから、引用商標は、その構成中の「八雲」の文字部分に強い自他商品の識別機能を有するといわなければならない。
そうすると、引用商標中の「八雲小倉」の文字部分は、常に一体不可分のものとしてのみ把握されるものとはいえず、「八雲」の文字部分から、単に「ヤクモ」の称呼及び「幾重にも重なっている雲」の観念が生ずるものといわなければならない。
したがって、「八雲小倉」の文字が使用される和菓子が「流しもの」の「羊羹類」に属する「小倉羹」とは明らかに相違する菓子であるとの原告の主張は、菓子の一般的消費者の認識を考慮に入れない主張であって失当であり、本願商標から「ヤクモ」の称呼及び「幾重にも重なっている雲」の観念が生ずること明らかであるから、本願商標と引用商標とは、称呼、観念において類似する商標であるというべきであり、審決の認定、判断に誤りはない。
3 原告は、「小倉」の漢字には種々の意味合いが生ずる旨主張して、過去の登録例を挙げている。
しかしながら、引用商標中の「八雲小倉」の文字部分は、全体として親しまれた一つの観念を有するものとは認め難く、その指定商品との関係からすると、これに接する一般需要者は、「小倉」の文字部分は、「小倉羹」を表したものであると理解するというべきである。
一方、原告が挙げた過去の登録例(甲第17号証)は、例えば、「小倉日記」、「小倉っ子」、「小倉の峰」、「小倉百人一首」、「小倉山」、「小倉野」、「小倉式部」、「小倉の辻」、「小倉山荘」、「おぐら絵巻」、「小倉小町」、「小倉の梅」のように、他の文字と結合することにより全体として一つの観念を有するものが多数ある。
このように、過去に「小倉」の文字を有する商標が登録されていたとしても、引用商標中の「八雲小倉」とは、その有する観念等において異なるものであるから、審決が本願商標と引用商標とが称呼、観念において類似するとした認定、判断に影響を及ぼすものではない。
また、原告は、過去に本願商標と同一の「八雲」の文字よりなる商標が引用商標と併存して登録されていたから、本願商標も登録されるべきである旨主張している。
しかしながら、商標の登録適格性の有無は、各商標につきその指定商品との関係及び取引の実情に照らして個別的に判断すべき性質のものであるから、原告の上記主張は失当である。
4 結論
以上のとおりであって、原告の主張は全て失当であり、本願商標と引用商標について、同じ称呼及び観念を生ずるものであるから、全体として類似のものと判断することができるとして、本願商標は、商標法4条1項11号に該当するとした審決の認定、判断は正当であって、何ら違法の点は存在しない。
理由
1(1) 本願商標が審決書添付の別紙に示すとおり「八雲」の文字を縦書きしてなり、指定商品を旧第30類の「菓子及びパン(羊羹を除く。)」とすること、引用商標が審決書添付の別紙に示すとおり「出雲銘菓」と「八雲小倉」の文字を二列に縦書きしてなり、指定商品を第43類「小倉羹」とすることは争いがない。
そして、引用商標の構成中の「出雲銘菓」の文字部分が、「出雲地方の有名な菓子」を意味する商品の品質ないし生産地を表す語と認められることは争いがなく、当該部分は自他商品を識別する機能を有しないから、本願商標と引用商標との類否を判断するためには、引用商標の構成中の上記部分は省略して、本願商標と対比すべきことは明らかである。
そこで、以下、引用商標中の構成中の「八雲小倉」との文字部分について、本願商標「八雲」と対比して、その類否を判断する。
(2) 引用商標の「八雲小倉」の構成中の「小倉」の文字についてみると、甲第8号証、第18号証の2ないし5、8によれば、主な国語辞典において、「小倉」の語について、「『おぐらあん』『おぐらじるこ』の略」という意味を有する言葉として記載されていることが認められる。
しかしながら、引用商標及び本願商標の指定食品が属する菓子や食品の分野における一般的な用語辞典では、「小倉」の語について、次のように記載されていることが認められる。すなわち、「食品大事典」(株式会社真珠書院、昭和45年発行、甲第18号証の7)に、「アズキを使った菓子や料理をいう。本来はアズキのこしあんに、大納言アズキの蜜煮を粒のまま混ぜたあんのことをいった。アズキの色を紅葉にたとえ、「小倉山峯のもみじ葉心あらば今ひとたびのみゆき待たなむ」という藤原忠平の和歌にちなんでつけられた。小倉しるこ・小倉ようかん・小倉煮などいろいろに用いられる。」と、「日本料理語源集」(洸琳社出版株式会社、平成2年7月27日発行、甲第18号証の9)に、「小豆を使った食べ物に小倉の名称がよくつけられます。蛸の小倉煮、小倉饅頭、小倉ぜんざいなどがあります。明智光秀は丹波国亀岡城主で風流文化人であったと言われ、謂れは居城亀岡城の近在に馬路という部落があり、ここで産出される小豆は日本一の称がある丹波大納言です。光秀はこの小豆をことのほか賞味し、それを煮て塩味で食したといわれています。この地の東北の並びの裏に、亀山、小倉山があり、いずれも嵯峨名所の中心地です。この地方で最上の小豆がとれますので、小豆を使った食べものに小豆の名がつく訳です。」と、「改訂調理用語辞典」(社団法人全国調理師養成施設協会、平成10年12月25日発行、甲第18号証の10)に、「アズキを用いた料理や菓子をいう。アズキの色を京都の小倉山の紅葉にたとえたもの等、名の由来については種々の説がある。」と、「簡明食辞林(第2版)」(株式会社樹村房、平成9年4月25日発行、甲第18号証の11)に、「アズキを用いた料理や菓子に用いる名称。京都・嵯峨町の小倉山が紅葉の名所でアズキの色を紅葉にたとえたとか諸説がある。小倉あん、小倉ようかん、小倉じるこ、小倉煮、カボチャ小倉煮、はす小倉煮などがある。」と、「読む食辞苑 日本料理ことば尽くし」(株式会社同文書院、平成8年6月16日発行、甲第18号証の12)に、「小豆を用いた料理や菓子をいう。名の由来は種々の説がある。」と、それぞれ記載されていることが認められる。
また、一般の国語辞典においても、「日本国語大辞典第3巻」(小学館、昭和48年5月1日発行、乙第3号証)には、「小倉」の語について、「おぐらあん(小倉餡)の略」、「おぐらじるこ(小倉汁粉)の略」との記載の他に、「おぐらかん(小倉羹)の略」と併記されている。
他方、甲第8号証及び弁論の全趣旨によると、引用商標の指定商品である「小倉羹」の語は、「赤小豆または隠元豆などの蜜煮を粒のまままぜた練羊羹」の意味を有していることが認められる。
また、弁論の全趣旨によると、引用商標及び本願商標の指定食品が属する菓子や食品の分野において、「小倉」の文字と「八雲」の文字とが一体不可分に結びついて「八雲小倉」という用語として一般的に使用されることはないものと認められる。
(3) 以上によれば、引用商標及び本願商標の指定食品が属する菓子や食品の分野では、「小倉」の語は、その名の由来は諸説あるとされているが、一般に、「小豆を用いた料理や菓子」を意味する言葉として確立して、広く使用されてきており、そのような菓子の中で、「小倉餡」、「小倉汁粉」の略称としても確立した言葉となっており、「小倉羹」の略称として用いられることもあることが認められる。
したがって、菓子や食品の取引者、需要者が、「小倉」の語に接した場合、「小豆を用いた菓子」を想起するであろうことは、容易に推認することができるから、引用商標を構成する「八雲小倉」が、その指定商品である「小倉羹」に使用された場合には、これに接する取引者、需要者は、その構成中の「小倉」の文字部分は、「小豆を用いた菓子」である「小倉羹」を表すものと理解、認識し、自他商品を識別する機能を有するのは、その構成中の「八雲」の文字部分であると認識して、これに着目して取引に当たることが多いであろうことも優に推認することができる。
(4) この点に関して、原告は、引用商標中の「八雲小倉」は、「平鍋類」に属する和菓子に使用されているものであって、「流しもの」の「羊羹類」に属する「小倉羹」には使用されていない旨の主張をしている。
そこで、原告が指摘する甲第7号証中の本件審判甲第6号証及び甲第9号証、第13号証ないし第15号証(「和菓子技法 第5巻」株式会社主婦の友社、平成元年4月10日発行)をみると、「八雲小倉」は、引用商標の権利者である松江市の有限会社風月堂が製造販売する和菓子に使用されており、その商品の説明として、「『八雲立つ』とうたわれた出雲の雲の美しさを焼き肌に映した棹物菓子。カステラ風の生地を手すきの出雲和紙に流して一文字鍋で焼くと、あたかも雲のような焼き目ができる。出雲小豆をつややかに煮上げた小倉羹とたくみに調和している。」と記載されていること、この菓子に添付される上記風月堂作成の説明文(甲第14号証)には、「八雲小倉」として、「表に現した雲の美しさと、大納言の香味を巧みに調和させた郷土名菓」と記載されていることが認められる。また、上記「和菓子技法 第5巻」に掲載の写真及び甲第13号証によれば、「八雲小倉」の菓子は、カステラ風の生地を焼き上げて雲のような焼き目とした部分の下に、小倉羹を重ねて配し、さらに、その下に、カステラ風の生地を焼き上げた部分を重ねて配して構成されるものであり、「小倉羹」をカステラ風の焼き物で挟み込んだ和菓子であることが認められる。
このように、「八雲小倉」の菓子は、原告が指摘するように、上記「和菓子技法第5巻」では、「第二章」の「平鍋物」の一つとして紹介されているものの、その主要な構成部分として「小倉羹」を使用したものであることは明らかである。
したがって、「八雲小倉」との商標を付された上記の菓子に接する通常の取引者、需要者としては、その商品が和菓子の分類において「平鍋類」に属するか、「流しもの」の「羊羹類」に属するかについての専門的な知識の有無に関わりなく、その商品を主に「小倉羹」を使用したものであると認識し、「八雲小倉」という商標の構成中の「小倉」の文字部分は、その「小倉羹」を表すものと理解、認識し、自他商品を識別する機能を有するのは、その商品の外観上の特徴をなす焼き目を言葉で表現した「八雲」の文字部分であると認識して取引に当たることが多いであろうと認められるのであって、原告の上記主張は、このような取引の実情に合わないものであり、採用することができない。
(5) また、原告は、「小倉」の文字を有する商標が多数登録されていることを原告の主張の根拠として挙げているが、被告が主張するように、いずれも引用商標中の「八雲小倉」とはその構成を異にしており、その有する観念等において異なっているものであるから、本願商標と引用商標との類否判断に影響を及ぼすものではないというべきである。
さらに、原告は、過去に本願商標と同一の「八雲」の文字よりなる商標が引用商標と併存して登録されていたから、本願商標も登録されるべきである旨の主張をしている。
しかしながら、被告が主張するように、出願商標の登録適格性の有無は、その査定時において、各商標につきその指定商品との関係や取引の実情等に照らして個別的に判断すべきものであり、原告が指摘する点は、本願商標は引用商標と類似するとした審決の認定、判断の誤りを直ちに裏付けるものとはいえないから、原告の上記主張は失当である。
(6) 以上によれば、原告の主張は全て採用することができず、本願商標と引用商標から「ヤクモ」の称呼及び「幾重にも重なっている雲」の観念を生ずるものと認め、両商標は、全体として類似のものであると判断し、本願商標は商標法4条1項11号に該当するとした審決の認定、判断に誤りはないと認められる。
2 以上のとおり、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 橋本英史)